パリでオリンピックが始まった。
普段、パリからTGVで2時間ちょっとのところに住んでいるのに、
2ヶ月前に訪れたルーブル美術館が、
フランス人がたくさんいる光景が、
なぜかとても遠い場所のように感じられた。
開会式を見ていて感じたのは、パリの見せ方、もとい、魅せ方。
歴史的建造物と現代アートの融合、
聖火が点灯される時のパフォーマンス、
「芸術の都」と呼ばれたパリとしての魅力を、
最大限アピールしていたように感じる。
現実のパリは、一時期より街中の清潔さはアップしたものの、
貧困で苦しむ人も多く、犯罪も多い。
それは、街中を歩いていれば、すぐ気づく。
地下鉄のエスカレーターが壊れていて使えないことや、
歩道が凸凹で歩きにくいこともよくある。
でも、パリの人たちは「パリ」という場所が一つのブランドであり、
周りから憧れられている場所であることを理解し、
そこに住む自分たちが「パリジャン・パリジェンヌだ」
というプライドを強く持っていて、
「生きること」に、真摯に向き合っていると感じる。

外から見れば、日本の首都・東京も同じである。
様々な文化が集まった「東京」というブランドはもちろん、
「経済都市としての東京」に注目している人たちはたくさんいる。
そもそも、海を渡らないと行けない
独特の文化を持つ「日本という島国」は、
とても神秘的で、憧れる外国人は数多くいる。
例えが適切かわからないが、
入場料を払わないと中の様子が見えない、
屋内アトラクションのようなイメージ。
でも日本にいると「自分が日本人である」と
感じたり、考えたりすることは、ほとんどない。
自分が日本で生活していた時も、
アイデンティティの云々を考えることは少なかった。
それはある意味、
民族としての「安全の象徴」なのかもしれないが、
同時に「自分がどう生きるか」を
考えにくい環境なのかもしれない。

そして「自分がどう生きるか」を考えることは、
自分たちの子どもにも大きく影響する。
今の大人たちが作る世界や価値観が、
次世代の大人である子どもたちに伝わっていくから。
だからこそ、
何を大切にしているのか、
何を大切にしていきたいのか、
何を伝えていきたいのか、
を深く考えることが、
教育や子育てを変え、
子どもへの意識の変化につながると感じている。
ルクセンブルクにいると
「ワタシは自分の子をこう育てる」
という想いが強い人が多いと感じる。
もし日本で、
教育や子育てがみんな同じ、
いっぺん通りになりやすいのだとしたら、
大人自身が、
自分のアイデンティティや「自分の生き方」に
向き合いにくい環境が原因かもしれない。
流されて生きるのはラク。
でも、そろそろ日本でも、
流されて生きることができなくなる時代が来ると感じています。
よかったら銀座で一緒に考えましょう。